東日本大震災の記録
(2)2日目〜3日目

2015年3月、当時を思い出して


【2日目】
 朝、目が覚めて窓から外を見たら、雲が異様に黒い。何だ?と思ったら、仙台港に隣接している石油コンビナートが火災を起こしていて、その黒煙が雲のように見えたのだった。

 ワンセグテレビのニュースでは各地の惨状が報告されていたが、ラジオの方は、FM局は放送していたが、地元のAM局(TBCラジオ)がなぜか沈黙。

 災害時にはAMラジオが最も頼りになりそうに思っていただけに、この沈黙という事実にはかなりビビった。(後で調べたら、この時は自家発電用の燃料が尽きてしまっていたとの事)

 それにしても、ワンセグテレビを買っておいて本当に良かった。これが無かったらほとんど情報が得られないところだった。あと、椎間板ヘルニアの手術入院の時に購入したノートPCも大活躍。

 この機種はNTTドコモのFOMA回線でネットに繋がる機能が内蔵されるので、メールの送受信や、ウェブでの情報収集ができて助かった。

 震災直後から水道、ガス、電気などは全て止まっていたが、ウチは太陽光発電が生きていたので、そこから電源を取ってノートPCやケータイを充電しつつ、ワンセグテレビの電源もそこから取った。このおかげでテレビはずっとつけっぱなしにできた。

 ただし、昨夜は使えたFOMA回線が、この日には繋がらなくなっており、パソコンメールはできなくなっていた。

 で、スーパーマーケットで何か売ってないかと思って歩いて行ったら(この時点でもスーパーが営業しているかも?と思っていたのだ)、スーパーの手前の道路に流木のような物が転がってるのが見えた。嫌な予感がして近づいてみると、道路は泥だらけで、街路樹の根本には瓦礫が引っかかっていた。

 「うっ・・・、これは・・・」

 これはつまり、家から直線距離で2百メートル程度の所まで津波が来ていたという事であり、まさかこんな所まで津波が来るとは思っていなかった俺は、大変なショックを受けた。

 また、こんな所まで津波が来たという事は、海岸近くでの津波高さは1階建ての家を丸ごと呑み込む程だったと推測され、これでは浜地区は全滅だ・・・と、背筋が寒くなった。

 こんな事態になってるとも知らず、家で普通に寝ていた俺らって・・・。知らぬが仏とはこの事か。

 スーパーの前の道路から海岸方向を見たら、辺りはまるで沼のようになっていた(下の写真)。


 家の残骸や、ひっくり返ったクルマなどが散乱している。以前は建物や防風林などで海岸までは見通せなかったのに、直接海が見えそうなくらい、全てが消えていた。

 我が家の辺りは、海岸から続く地形から土地が一段高くなっており、その一段分の高さのおかげで津波が止まった、という事のようだ。

 スーパーの前の道路や駐車場も瓦礫と泥でいっぱいで、道路脇の電柱にはクルマが立てかけたような状態になっていた。

 当然スーパーは閉まっており、中をのぞいてみたらグチャグチャになっていた。

 しかし、店頭ではペットボトル飲料やカップ麺などを無料で配っていた。ああ!!この非常時にこの対応!!「本当に助かる!」と感激した。

 後で聞いた話では、阪神淡路大震災の教訓から、店長さんが自分の判断で無料配布を決めたとの事。店長さん、本当にありがとうございました!!

 町内放送では、近くの石油工場で爆発の危険があるとの事で、近隣地域に避難指示を出していた。その工場かどうか分からないが、遠くに見える工場から激しい炎が上がっているのが見えた。

 また、津波は仙台方面に続く幹線道路をも越えており、その道路は泥や瓦礫で塞がれて、徒歩でも通行できない状態になっていた。

 この道路を使わずに、遠回りすれば仙台方面に行く事も可能だったが、この日はすぐに引き返した。もしこの日にこの道の先の様子を見に行っていたら、津波に呑まれて亡くなった方々の遺体をたくさん見ていたはずで、遠出をしなかったのはある意味賢明な判断だったかも・・・。


【3日目】
 ケータイ、FOMA回線は相変わらず繋がらない。

 町内放送で、朝8時から役場で給水するというので、空のペットボトルを4本手分けして持って行った。

 この頃の俺は、コカコーラの1.5リットルとか2リットルの大瓶を買ってきて、めちゃくちゃ飲んでいたので、家にはその空きペットボトルがたくさんあったのだ。その空きペットボトルが意外な形で役に立った。

 山の上の道路は、地震発生の夜と変わらず、浜地区から避難して来た人たちのクルマでいっぱいだった。(左の写真)

 そして役場に近づいたらこれまた凄い行列。給水場所は町内ではここ1カ所だけとの事なので、当然と言えば当然の大行列。結局8時から並んで、実際に水がもらえたのは12時近くであった。(1家族10リットルまで)

 並んでいる最中に、「ジャスコの4階まで津波が来た」とかいう噂が耳に入ってきてビビったが、後で調べたら、実際にはそこまでの高さではなかったようだ。噂が伝わる内に誇張されたのだろう。

 もっと内陸にある別のジャスコは細々ながら販売をしているとの情報を聞いたが、クルマのガソリンがほとんど無いので、行く事はできなかった。

 ガソリンを求めて町内の燃料店にも行ってみたが、もうガソリンも灯油も無いという。また、あったとしても、救援隊など緊急車両のために使うので、一般には売らない事になっていると言われた。

[2015/03/14]


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