東日本大震災の記録
(3)4日目〜5日目

2015年3月、当時を思い出して


【4日目】
 この日は天気が良いので十分に太陽光発電ができるとみて、ご飯を10合炊いた。

 ウチのIH炊飯器は、最大で1500ワットくらいの電力を使うのだが、ウチの太陽光発電は、この時期(3月)の快晴なら2000ワットくらいの出力が出せる。なので、十分に炊飯できると見たのだ。

 炊いたご飯は全部おにぎりにした。太陽光発電があって本当に良かったと思った。

 長男が学校に置きっぱなしにした自転車を取りに行ったら、盗まれていたそうな。う〜む、ガソリンが無いから自転車が重要な移動手段になっているこの時に・・・。まあ、重要だからこそ盗んだんだろうが、う〜ん・・・。

 また、途中にある○○橋の下の運河はヨットの係留場所になっていたのだが、ヨットはみんな陸に打ち上げられていたそうな。

 後で、ネット動画を検索したら、普段は小波も立たないようなこの運河が、嵐の海みたいに大暴れに暴れ狂っている様子が撮影されていて、ビックリした。

 午後、自転車で街の中心部まで遠出してみた。いつも通っている方の道は泥と瓦礫のために通れないため、できるだけ土地が高い部分をたどるようにして回り込んだ。

 ワンセグテレビでの情報で聞いてはいたが、仙台に続く主要幹線道路もかなりひどいありさま。放置されたクルマの間を縫うようにして先に進んだ。

 津波で流されたクルマが折り重なって、まるで戦場のようだ。毎日通勤で通っていたこの道路で、こんな恐ろしい光景を目にする事になろうとは、まったく世の中、一寸先は闇だ・・・。

 後の報道によると、この街でだけで180人以上の人が亡くなったそうだ。あの日は雪が降っており、津波でクルマは浮かんで流され自由がきかず、身体が濡れてしまったら、もう寒さに耐えられなかっただろうな・・・。(怖いので、敢えてクルマの中をのぞくような事はしなかった)


 辺りの様子から見て、この道路ではだいたい大人の首〜背丈ほどの高さの津波が来たようだ。堅固な建物でも1階部分はメチャメチャだ。

 道路に堆積した泥が乾燥し、風で飛ばされて目に入る。

 噂になってたジャスコは、外見的な損壊は無いように見えた。ただし1階にあったクレーンゲーム機の景品が全部流されて、泥の中に大量に散らばっていた(下の写真)。駐車場は、災害派遣されてきた車両の駐車スペースになっていた。


 1本陸側にある国道の様子を見に行くと、ここも同じく津波が来たようで、七十七銀行の支店も営業停止状態だった。

 シャッターには貼り紙がしてあり、それによると隣の町にある支店が営業しているとの事なので、その支店に向かった。

 途中にあるマックスバリュで店頭販売しているのが見えたので、すかさず並び、食料品を買えるだけ買った。

 1人5点まで(カップ麺1個とパン1個は別枠)買えるというルールであった。みな整然と並んでおり、特に混乱は見られない。まあ、こんな状態になっちゃうと、慌ててもしょうがないからねえ・・・。(下の写真)


 銀行では、ATMは使用不能だが、免許証などを持っていれば10万円まで払い出すという特別措置がとられていたので、当座の資金として10万円をおろした。とはいえ、お金を使うべきお店の方がほとんど無いのだけどね・・・。

 道路を岡山や長野など、遠方から来た救援隊の車が走っていて、空にはヘリコプターが頻繁に飛び交っている。

 町内放送で、この日の夜21時30分から電気が復旧するとの連絡があった。こんなに早く復旧するとは思っていなかったので、驚いた。


【5日目】
 昨日は暖かかったけど、今日は寒い。電気が復旧したおかげで朝からコタツが使えて寒さはしのげるようになって良かった。ただし、同じ町内でも地区によっては、まだ復旧していない所もあったそうだ。

 また、電話やネットの方は、NTTの基地局が津波にやられてしまったため復旧にはかなりかかりそうだ。

 こんな時にメガネのツルが壊れてしまったので、街のメガネ屋に行ってみた。その店は比較的内陸にある国道沿いにあるので、大丈夫かも?と期待して行ってみたのだが、見事なまでに破壊されていた。仙台にある系列店まで行かないと修理はできないっぽい。

 帰りに、昨日もやってたマックスバリュで買い物。インスタントラーメンとカップ麺を買った。

 高層マンションから来た人は、その地区の電気がまだ復旧してないため、エレベーターが使えず、「14階まで歩いて登らなきゃならなくて大変だ」と嘆いていた。やはり高層ビルは、電気が無いとかなり大変か・・・。

 国道を走っていたら、昨日は無かった凄いクルマの列ができていた。何の列だ?と思ったら、ガソリンスタンドに並んでいる。でもその並んでるスタンドは閉店中。

 しかも、看板に「災害派遣のクルマにだけ給油」って書いてあるのに、それでも並んでいる。(下の写真)


 あと、自転車屋にも行列ができてた。ガソリンが手に入らないため、クルマが使えなくて、代わりに自転車が買い出しの足になっているからだ。ニョーボも「自転車が欲しい」と言っていた。

 ウチはこれまで買い置きしていたカセット式のガスコンロを使って煮炊きしてきたが、それも残り1本になってしまった。明日にでも電気コンロを探しに街に行ってみようと思う。JR仙台駅は閉鎖中との事だが、ヨドバシなどは営業してるのだろうか?

 給水は1日2回行われていて、子供らに行ってもらっている。町内で1カ所だけの給水なので、2時間前から並んでいる。昨日みたいに暖かい日ならまだ良いが、雪や雨が降ったりしたらかなり厳しい事になる。


【沿岸部の様子】
 浜地区の様子が気になってはいたが、怖くて見に行けなかった。しかし勇気を出して写真を撮りに行った。下の写真がその浜地区の様子。

 ここには家がたくさん建っていたのだが、ほぼ何も残っていない。たとえ残っていても、家としては全く役に立たない状態だ。津波は、2階建ての家の屋根をも越えるほどの高さだったようだ。


 下の写真の左側は土地が一段高くなっているのが分かるだろうか? この段差の高さが明暗を分けた。段差の下にあった家は全て流されてしまったが、段差の上にあった家は助かった。

 自分も家を建てた時の「人生最大の買い物」という重圧の経験があるので、その家を失った悲しさやつらさは、想像するだけで涙が出てきそうだ・・・。


[2015/03/17]


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