東日本大震災の記録
(6)21日目〜30日目

2015年3月、当時を思い出して


【21日目】
 ガソリン缶は手に入ったが、今日は朝から冷たい雨。この天候の中で行列するのはかなり辛い。

 晴れていれば朝6時台からでも並ぶのだが、雨が降っていてはそれは無理という事で、8時30分くらいに行ってみた。そしたら俺の3人後の人で販売終了だった!

 あぶねえ〜。もうちょっと遅く行ってたらアウトだった(>_<;

 取り敢えずガソリン10リットルを入手できたので、ある程度動けるようになった。というワケで、たまりにたまった洗濯物を洗濯しにクルマで遠征。

 稼働しているという噂の、ちょっと遠い町にあるコインランドリーまで行った。その町では水道が復旧しているので、洗濯ができるのだ。

 予想通り、コインランドリーは混んでいたが、大型のゴミ袋3つ分の洗濯物を洗濯してきた。


【22日目】
 一昨日からケーブルテレビ経由でネット接続できるようになったワケだが、朝起きたらニョーボが「メールが読めない!」「ネットに繋がらない!」と騒ぎ出した。

 調べてみたら確かに不通状態だ。モデムやルーターを再起動してみたが、復旧せず。

 これはケーブルテレビの会社に問い合わせないとダメだねえ・・・などと言っていたら、次男が勝手にルーターの電源を入れてなぜかネット接続。理由も分からないまま復旧。

 何で? こういうトラブルが一番始末に困るんだよなあ〜(^_^;

 ちなみに次男が学校に行ったら、みんな異口同音に「ネットしてぇ〜」とボヤいていたとか。今どきの学生はネトゲが普通なのね(苦笑)。


【23日目】
 今回の大震災の呼び方について。NHKなどは「東北関東大震災」。他の多くのテレビ局では「東日本大震災」と呼んでいたのだが、今日からNHKも後者に統一したようだ。語呂が良いもんね。

 津波で冠水していた田んぼで、自衛隊や消防が行方不明者の捜索を行っていた。一列に並んで長い棒を泥に突き刺し、誰かが埋まっていないか調べていた。

 近所のガソリンスタンドには連日給油待ちの車列ができていたが、やっと行き渡ってきたようで、今日は数えられる程の数まで少なくなっていた。

 これは給油できるかも!と思い、すぐニョーボに電話してクルマを並べさせた。

 以前は、1台10リットルとか15リットルとかの給油制限があったのだが、今日は30リットルまで入れられるという。結局1時間も待たずに満タンまで入れられた。これで一安心。

 町の広報HPをチェックしていたらと、町内に銭湯があって、そこが営業しているという。

 しかし、グーグルで検索してもその風呂屋の情報は引っかからず、グーグルアースで現地の画像を見てみても該当する場所に風呂屋らしきものは全く見当たらない。どいういう事なのだろうか?

 これは電話した方が早いという事になり問い合わせてみたら、精肉店の2階が風呂屋になっているのだという。何ぃ? 肉屋の2階が、風呂屋・・・、だと? しかも営業時間が午後3時から6時までと異様に短い。

 でも風呂には入りたいから、家族揃って行ってみたら、やはり行列ができていた。凄く狭い風呂屋らしく、一度に5人しか入れないという。結局1時間くらい外で待ってやっと入れた。

 かなり古い感じの風呂だったので、もしかしたら、本当は廃業してたのを臨時営業してもらったという事なのかも知れない。まあ、久々に風呂に入れて良かった(^_^;


【24日目】
 水道の通水テストが行われた。蛇口から水がちょろちょろ出た。これで一番大きいのは、トイレに溜まった汚水を流せた事。

 小便の方は溜まり放題で、もうね、小便とは別の「何か」になってきていただけに、これが流せたのは大きかった(^_^;


【25日目】
 いつものように街のマックスバリュにクルマで買い出しに行った。これまでは自転車で行ってたので、買える量に限りがあったが、クルマで行けば欲しいだけ買える。

 以前は朝の開店前には行列ができていたが、もう今は行列も無いみたいだ。店内もかなり品数が揃って来ていた。ただしそれでもヨーグルトは入荷無し。牛乳も入荷数が少ないみたい。あ、あと夕方、水道から普通に水が出る事に気が付いた。


【26日目】
 遂に水道が復旧した! 蛇口からジャージャーと水が出る事がこんなにもありがたい事だとは!

 でもまだ赤水や泥水が出るかもだから、「絶対に飲むな」との町内放送があった。また、ガスがまだ復旧していないのでお風呂には入れない。

 でも、ウチにはこれがあるっ!

 「朝シャンクラブ」だッ!
 (♪ちゃっちゃらちゃちゃ〜〜〜)

 若い人のために説明しておくと、「朝シャン」というのは、1980年代後半の一時期、学生が朝にシャンプーしてから学校に行くというのが流行り、これが「朝シャン」と呼ばれていたのだ。

 でも家にシャワー設備が無い人もいるだろうから、簡易的にシャワーできるようにと開発されたのが、この「朝シャンクラブ」だ! これを使えば、電気でお湯を沸かしてシャワーする所までできるのだ!!(下の写真、元は白かったのに、経年劣化でクリーム色になっちゃってる)


 これが発売された当時の俺は、風呂など無い、狭い下宿住まいだったから、この「朝シャンクラブ」を使って、シャワーを浴びていたのだ。

 また、ニョーボと結婚したばかりの頃は、お風呂はあったけれどシャワーは無かったので、ニョーボが髪を洗う時は、俺がこれを使って頭にシャワーをかけてやっていたのだ。ああ、それがこんな場面で役に立つとは誰も予想できなかったね(^_^;

 あと、天気が良いので、たまった洗濯物の洗濯だけはしといた。

 学校が休みなのをいい事に、放っておくと子供らが何時までも寝てるので、朝無理矢理起こして例のマックスバリュまで買い出しに出させた。

 そしたら震災以来全く姿を見なくなっていたヨーグルトを3個ゲット。その他、牛乳、納豆、コーンフレークなど、欲しかった物を全てゲット。だんだん品揃えが良くなってきているぞ!


【27日目】
 都市ガスは明日開通だそうだ。やっと風呂に入れる〜。朝シャンクラブの活躍は、意外に短かったな(´・ω・`)


【28日目】
 幹線道路の様子を見ると、クルマの通行が震災前のレベルまで復活してきていると感じ。ただし、道路に段差やうねりが出来ている所があり、スピードを出しているとけっこう危なかったりする。

 下の写真は7月頃に撮影したものだが、震災発生から4ヶ月くらい経った7月になってもまだ信号が消えたま交差点が多く、交通整理の係員が立っていた。


 いつものマックスバリュは9割方復活。ほとんどの棚が商品で埋まるようになってきた。納豆とか牛乳もあった。

 水道に続き都市ガスも復旧し、さっそくお風呂を沸かした。・・・と喜んでいたら、夜にかなり大きな余震が!

 揺れの強さは本震並みで、かなり焦った。地震の最中に停電してしまった。

 これで以前の状態に逆戻り・・・(´・ω・`)

 とりあえず我が家は被害は無いようだが、せっかく再開したガスも止まってしまったようだ。


【29日目】
 お昼前、ワンセグテレビでライフライン情報をチェックしたところウチの地域の都市ガスは止まっていないっぽい。ガスメーターの復帰ボタンを押して、試しにガスコンロを使ってみたらちゃんと使えた。

 あと、水もちゃんと出ている事を確認。

 よっしゃ! ガスと水道はOKか!!

 電気は太陽光発電を自家発電モードにしてまかなっている状態なんだけど、今日は曇りであるため、炊飯ができるほどのパワーが出ない。

 朝方ちょっと日が差してきたので、もしかして行けるか?!と思って炊飯器を使ってみたんだけど、途中から雲が濃くなって電力が落ちて、炊飯器も途中で止まってしまった。

 このままだと仕込んだ米がムダになっちゃう・・・。

 ・・・む! 待てよ!!

 ウチのガスコンロには炊飯モードという機能があったような気がするッ!! 調べてみると、確かに炊飯モードがあるじゃないですか(右の写真)。


炊飯器から米と水をそのまま鍋に移し、ガスコンロで炊飯してみた。

 そしたら30分ほどで炊飯完了。見事にご飯が炊けた(左の写真)。やったぜ! 科学の勝利!!

 ちなみに太陽光発電は、天候が曇りでも冷蔵庫を動かす程度はできるようで、昼間は冷蔵庫に注力している。昼間だけでも冷蔵庫が止まらないというのはけっこう大きい。

 夕方、電気の入ってないコタツでうとうとしてたら、「ぶぶぶぶ」という音がする。

 ・・・ん? 何の音だ?

 この音は・・・、金魚の水槽のポンプの音か?

 は! 電気復旧ッ?!

 ガバっと飛び起きて照明のスイッチ入れたら電灯がついた。やった〜! 早めに復旧して良かった〜〜〜(^_^)


【30日目】
 ひととおりライフラインが復旧したので特にやる事が無い。水道も出てるから給水行く必要無いし。久しぶりに何も無い1日だ。

 あらためて近所の家の様子を見て回ると、ほとんどは無事だったようだが、中には「危険」判定を受けた家もあったようだ。俺が見た所では、瓦屋根やスレート屋根は地震に弱いという印象だ。

 路線バスは来週から土曜ダイヤで運行を開始するとの事。下の写真のように、最初はかなり便数を限って運行していた。走るルートも、被害が大きくて通れない所は迂回していた事もあった。


 鉄道はまだ止まっているので、JR駅から仙台方面へ行く臨時バスが出るそうだ。でもバスは電車に比べれてキャパシティーは圧倒的に少ないから、かなり混みそうだ。そうでなくても朝の国道は渋滞するから、仙台に通勤してる人は大変だ。

 また自転車で仙台に行ってみたら、駅前のイービーンズ(旧エンドーチェーン)が未だに閉鎖状態。元々古いビルなので、このまま取り壊しなんて事になるかも知れないなあと思った。

 このビルには(たぶん)東北最大の書店「ジュンク堂書店」や、マンガ専門の書店なんかが入っているので、これらが無くなるとかなり困るなあ・・・と心配に。


【その後】
 水道は、4月18日から平常通り使えるようになった。ただし水がちょっと茶色っぽかったりするので、飲み水は給水でもらった水を使っている。

 でもお風呂とか洗濯に使う分には全然OKだし、ある程度水を流さないと水がキレイにならないから、お風呂と洗濯は使った。

 風呂は俺が一番に入ったんだけど、俺が入った時は水が茶色いだけでなく、変な物が浮いている状態だった。泥水に近いって感じ?

 でも秘湯だと思って入れば大丈夫!(^_^;;;;;

 ニョーボや子供らは「汚い!」と言って、お湯を全部捨ててお風呂を入れ直してた。

 なお、捨てると言っても下水に流すとマンホールから逆流したりする危険性があると注意されていたので、バケツでくんで洗車に使った。


 震災から約6週間、JRがやっと復旧。仙台まで出るのが楽になった。

 通院の日、病院からの帰り道の途中にある吉野屋が営業再開していたので、久しぶりに牛丼を食べた。

 津波で冠水し、ずっと休業していたセブンイレブンも店頭販売で営業再開していた。店舗の中は空っぽだが、駐車場に駐めたトラックの中で販売を行っているのだ。(下の写真)


 なお、同じコンビニでも、経営者によって対応が違うようで、未だに閉鎖状態の店もある。

 ちなみにニョーボは、勤めていた事務所が津波で大破してしまったので、そこを辞めて、震災復旧工事の事務で働く事になった。

 この状況下で、すぐに仕事を見つけてくるとはッ! 俺が相談している雇用安定センターの担当の人も、この話には驚いていた。ニョーボ恐るべし!(この話は誰にしても「凄いね!」って驚かれる)

 震災直後は気持ちが「非常事態モード」になってたせいか、遠くまで買い出しに出るのもあんまり苦に感じなかったけど、ライフラインが復旧して落ちついてきたら、何だかそういうのが辛く感じるようになってきた。

 近所のスーパーに近々営業再開との貼り紙が出ていた(下の写真)。もう少しだ!



(津波の警鐘)
 仙台沿岸部に津波が押し寄せたという記録は、古くは平安時代の「貞観津波」の他、伊達政宗の時代にも大津波があったと言われている。

 そういう研究本・警鐘を鳴らす本が震災以前から存在していて、リアス式の三陸地域以外の海岸でも津波に襲われる危険性があるという事は、実は俺も知っていた。

 俺が今の家を建てるかどうするかと悩んでいた時にも、「この土地まで津波が来るかもしれない・・・」という事は、ちょっとは考えた。

 ちょっとは考えたが、しかし、この場所まで津波が来る時は仙台も終わりの時だ!と割り切って、自分を納得させた覚えがある。

 その津波がまさか、自分が生きてる内に来ようとは・・・。


 あと、地震の規模を示す「マグニチュード」。震災前、何かの番組で地震の解説をしていて、「じゃあマグニチュード9とかになったらどんな揺れになるんですか?」という質問が出て、専門の先生が、「地震どんどん激しくなるというのではなくて、強い揺れの範囲がどんどん広くなるという感じになります」という風に答えていたのを覚えている。

 今回の地震はマグニチュード9.0で、強く揺れた範囲が非常に広く、まさに上の解説の通りで納得した。(大正時代に東京に甚大な被害を出した関東大震災はマグニチュード7.9。マグニチュードが1増えると、地震のエネルギーは約31.6倍になる事を考えれば、今回の地震の破壊力の凄まじさが分かる)

[2015/03/28]


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