さよならジュピター

そっとしておいて・・・。お願い。


 毎朝、コクーンが録った番組をチェックするのが日課になっている俺。8割方はその場ですぐ削除しちゃうような物ばかりなんだけど、残り2割に「おや?これは?」と思うようなのが録られていたりするから侮れない。

 で、その日のコクーンちゃんは「さよならジュピター」を録っていた。あうぅ・・・。「さよならジュピター」かよ・・・。

 若い方にはピンとこないと思うが、あの当時からSFファンだった人なら誰もが「ああ・・・」と嘆息をもらしてしまう映画。それが「さよならジュピター」(1984年、東宝)だ。


 この映画の企画を最初に知ったのは、忘れもしない日本版「スターログ」の第3号(1978年発行、下の写真))だ。小松左京をはじめとする日本のSF作家の面々が集まって、凄いSF映画を作ろうとしている!!という記事だった。

 この記事には物凄く興奮したね。当時は「スターウォーズ(第1作)」と「未知との遭遇」が公開されたかされないかという頃で、にわかにSFブームが盛り上がった頃だった。

 これは私だけの感想かも知れないけど、それまで日本の特撮はハリウッド映画にも負けてない、日本の特撮は最高!、みたいに思っていた。(「2001年宇宙の旅」は別格として)

 ところが「スターウォーズ」や「未知との遭遇」を観てしまったらもうダメ。

 「スゲー!!!」

 もう圧倒されちゃって、一発で魅了されてしまった。それぞれ劇場で10回以上繰り返し観たんじゃないかなぁ・・・。(当時はまだビデオが普及していなかったから劇場で観るしかなかった)

 日本の映画会社は「スターウォーズ」の対抗馬として、「惑星大戦争」とか「宇宙からのメッセージ」とかを作ったけれど、全然ダメだった。

 相手が凄すぎたというか、こっちがダメすぎたというか・・・。これらの映画を観た後は「日本のSF映画って全然ダメじゃん」「いつまでも模型をピアノ線で釣って飛ばしてる場合じゃないよね」という劣等感が強く残ったのだった。

 また、日本の特撮映画と言えばゴジラに代表される怪獣物がメインで、SFマニアが求めるような本格的なSF物はほとんど無かったと思う(あっても地味な物だったので、あまり話題にならなかった)。また、怪獣物はどんどん子供じみた内容になる一方で、あれをSFと呼ばれてはSFファンとしては迷惑だ、という気持ちもあったと思う。

 そんな所に出てきたのがこの「さよならジュピター」の企画。日本を代表するSF作家が集まってストーリーを練り、登場するメカはスタジオぬえが担当。当時のSFファンは、「あのスタジオぬえのメカが実写で!!」というだけで興奮したはず。SFメカならスタジオぬえしかないというのが当時の常識だった。そんな訳だから物凄く期待したんですよ。我々黒沢兄弟は。その記事が出てから実際に映画が完成するまで5年以上もかかったわけだけど、じーっと待っていた訳ですよ。

 で、公開が近づくにつれて情報が漏れ聞こえてくるんだけど、「なんか・・・、もしかしたら期待ハズレ?」という不安が募ってきて、「でも実際に出来上がった映画を観てみん事には」と思って劇場で観たんだけど、その予感は見事に的中。・・・ダメだったね。

 こうしてSFファンの期待を思いっきり裏切ってくれた映画として、そして「日本の実写SF映画はダメ」という評価を決定的にしてくれた映画として、忘れたくても忘れられない作品になったのだった。


 で、今回コクーンが勝手に録っちゃったので、久しぶりに観てみたんだけど、今観てもやっぱりっつーかナンつーか、ダメですな(^^; 何より、基本的なストーリーがダメよね。

 火星の地上絵とか、木星の巨大宇宙船(ジュピターゴースト)とかに結局どういう意味があったのかさっぱりわからんし、太陽系を救うために木星をブラックホールにぶつける計画を、自然保護団体(?)が妨害するとするという展開も、アクション的には見せ場を作ってはいるものの、その見せ場自体が余計という感じ。テーマや物語としての面白さに対しては全く逆効果に思えてならない。(要素を詰め込み過ぎ)

 このストーリー、小松左京をはじめとした日本の主要SF作家がブレーンストーミングで考え出した物なはずなんだけど、名だたる有名作家が雁首揃えて作った物がこんな内容というのは・・・いわゆる「船頭多くして船山に登る」ってヤツですか?

 いや、俺が想像するに、製作から脚本まで御大・小松左京が担当したおかげで、「これじゃあダメです!」とツッこんでくれる人がいなかったという事だと思う。

 特撮シーンについては当時としては頑張ってるとは思うのだけど、「2001年宇宙の旅」を意識したカットが目に付きすぎ、ちょっと嫌味だ。「日本のSF映画でもここまで撮れるんだ!」というのを見せよう見せようと気張りすぎてる感じがする。まあこれは、そもそもこの映画の企画動機がそういう「自分たちの手で凄いSF映画を!」みたいな所にあったのだから当然とは言えるのだが・・・。


 このように批判のしどころの多い映画なんだけど、でも・・・、それでも俺はこの映画を何度も何度も繰り返し観てしまった。何だかんだ言っても、この映画はあの当時のSFファンの「凄いSF映画への憧れ」を象徴している思い入れのある映画なんだよなあ・・・。出来が悪くても、面白くなくても、その思い入れだけは残っているんだなあ。

 今でこそ本格的なSF映画は全然珍しくないけれど、昔は怪獣物くらいしか無かったので、「世界に誇れる本格SF映画を日本人の手で!!」という夢があったんだよなあ。それがこの映画なんだよなあ。そう思うと出来の悪い子ほど可愛いっつーか何つーか・・・。

 あと、ラストシーンの
 「僕が死んだらあの隣りに墓を作ってくれないか?」
 「嫌よ! 私が愛した人達のお墓ばかり作るのはもう御免だわ!!」
 という辺りだけは大好きなのだ。ユーミンが歌うテーマ曲「ボイジャー」も大好きだ。このテーマだけに絞って、他の余計な要素を取っ払えばけっこうマトモな映画になったと思うんだけどなあ・・・。

[2004/02/07]


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