戦争映画2本

何だかキナ臭い今、昔の戦争映画を見ると・・・


「世界大戦争」(1961年、東宝)
 世界破滅物のSF(?)映画。小学生の頃、テレビでこの映画を1回だけ見た事があるんだけど、もうね・・・怖くて怖くて・・・。特に最後に核爆発で東京が溶岩みたいにドロドロになっちゃうシーン。怖かったねえ・・・。あれが「世界滅亡」シーンとしてトラウマになったね。俺、小学6年生くらいの頃でも、アメリカが核実験する予定の日なんかは夜空を見上げて「ああ、世界はもうすぐおしまいか・・・」とか思ったよ。マジで。

 普通の映画だと、戦争の当事者と主人公たちの間に何らかの関係があるものだけど、この映画では全く何の関係も無いという所が一番の特徴だ。主人公は平凡な一般市民にすぎない。そんな一般市民の生活とは全く無関係な所で戦争の危機が高まり、結局核戦争になってみんな死んでしまうという物語。

 ここで重要なのは、対立している両陣営のミサイル基地の指令官もそれぞれ「このミサイルが発射されたら地球は終わりだ」とか言って、戦争にならない事を願っているという描写だ。画面には戦争を望んでいる人がひとりも登場しない。日本の総理も何とか戦争を回避しようと病身を押して働く。

 それでも戦争が起こって最悪の事態になってしまうという訳だ。ましてや一介の市民に一体何ができるのか? どうしようもない無力感が突きつけられる。


 ささやかな幸せを楽しんでいる主人公一家。最初はあまり危機感が無かったが、戦争が始まり日本にも核ミサイルが飛んで来る事になってしまった。他のパニック映画とは違って、民衆が逃げまどったりパニックになるようなシーンはちょっとしか登場しない。主人公はもうみんな死を覚悟して諦観している。

 一家は、まるで最初からそうするつもりだったかのように、どこにも逃げず、自宅で豪華な食事をして静かに死を待つ。狭い日本、核ミサイルの前ではどこにも逃げ場は無いという訳だ。御馳走を前に、何も知らない子供達は「お正月みたい」と言って喜ぶが、それがまた悲しい。

 主人公のフランキー堺が我慢しきれず物干し台に登って「俺たちは生きてんだ!ちきしょうっ!!」と泣く。もうどうしたらいいんだ。観ているこっちも泣くしかないじゃないか。

 そして最後に廃墟・・・というか、もはや廃墟とも言えない状態に成り果てた東京をバックに字幕で

 「これは明日起こる現実かもしれない」
 「我々はこれを押しとどめよう」

 と、あまりにも直接的なメッセージが出る所が、製作者の本気を象徴していると思う。あのチャップリンの「独裁者」のラストシーンで、チャップリン演じる主人公が平和を訴えるシーンにも衝撃を受けたが、あれに匹敵するくらいのインパクトを感じた。

 映画は本来、映像や演技で主張を「見せる」のが本道であって、言いたい事をテロップでそのまま言うなんて、禁じ手と言うか、普通なら見ている方が興ざめになってしまうはず。でも、その願いがあまりにも切実で、本心であり、真実だから心を打つ。平和を願う心が!

 一番最初の「ゴジラ」もそうだけど、実際に戦争を体験してきた人たちが作った反戦メッセージは、その本気度が我々「戦争を知らない子供達」とは別次元だ。

(追伸)
 最初から観念して、みんなで一緒に死を待つあたりがとっても日本的だ。これがアメリカの映画だったら、とにかく逃げて逃げて、何が何でも生き延びようというサバイバル物の内容になる所だろうなあ。あ、実際そんな感じの映画があったっけなあ。装甲車みたいなので荒野とか廃墟を走るヤツ。名前は忘れたけど。



「連合艦隊」(1981年、東宝)
 スカパーのチャンネルを回してたら偶然やっていた。内容は、太平洋戦争末期、敗色濃厚な日本軍が最後の意地を見せるため、負けるのを承知で戦艦大和をはじめとする艦隊を出撃させ、壮絶な最期を遂げるという話。

 婚約者が戦死し、その結果彼の弟と結婚する事になるが、その弟にも戦死されてしまうヒロイン。手塩に掛けて育た息子が軍隊で自分より上の階級になって喜ぶ父親だが、その息子が特攻隊(つまり必ず戦死する)に配属されてしまい、「親より先に死ぬ馬鹿がどこにおるか!」と泣く父親。しかしその父親自身も戦艦大和と共に出撃し・・・。

 壮絶・・・。死ぬとわかっていても戦わなければならなかった人たちの悲しすぎる戦い。どこで道を間違えてこんな事になってしまったんだ・・・。後になって気が付いたんだけど、この映画の松林宗恵監督は「世界大戦争」の監督をやった人だったんだね。なるほど納得です・・・。


 この映画、学生時代に劇場で観た時には、よくある戦争映画のひとつという印象しか無かったのだけど、今観るとちょっと感慨が違う。どこが違うかというと、今では親父や伯父、叔父など、戦争時代を生き抜いた世代のほとんどが故人になっており、死んだ後になって親父たちが若かった頃の写真(戦時中の物が多く含まれている)を整理したという事。そしてそれらの葬式で、昔、戦艦乗りだった遠縁の爺さんから当時の自慢話を聞いたという事。学生当時よりも戦争が身近に、リアルに感じられるようになったのだ。(うちの親父も軍人だったらしいが、実戦はほとんど無かったようで、戦争の事はあまり語らなかった)

 負けると分かっていて、死ぬと分かっていて、それでも出撃しなければならなかった戦艦大和。「明日の勝利のために、今日の屈辱に耐えるんだ」と言う人もいたであろうが・・・。負けるべくして負けたと言える一連の戦いの教訓は、今でも強く意識する必要があるだろう。

 孫子の兵法に曰く。戦争は国の一大事であるから百戦百勝でも最上の策とは言えない。戦わずして勝つのが最上の策である、と。

[2004/06/21]


戻る