平成ウルトラセブン

と、その後の展開について思った事


【ウルトラセブン1999最終章】
 1999年に発売されたオリジナルビデオシリーズ。

 正直、平成ウルトラセブンの第1作目となった「太陽エネルギー作戦」が、政府公報的な内容(通産省とタイアップ)だったためイマイチ乗れず、そのため、その後発表されたシリーズは全部パスしていた。なのでこの「最終章」も製作されていた事すら知らなかった。(その他にも「30周年」3部作とか、「エボリューション」5部作とかが製作されている)

 が、先日スカパーで「最終章」が放送されたので一通り観た。1話90分強なので、全部一気に観るのは大変だったが、けっこうちゃんとした造りになっていて好感が持てた。

 特に、最終章第5話「模造された男」に登場するキングジョーIIとセブンの戦いは見物。キングジョーの強さと、全力で戦うセブンの姿が上手く表現されていた。

 最終章第6話では、ノンマルトの生き残り(?)により、人類の方が侵略者である事が証明されてしまい、その人類のために戦ったセブンは「宇宙の掟」に背いたという事で、M78星雲に帰ってしまう。

 結局人類の方が悪かった、というシリーズ構成になっているため、非常に後味が悪い終わり方になってしまっている。一緒に見てたニョーボも、ノンマルト側が強力な怪獣で先制攻撃に出たシーンで「それをやったらダメじゃん!」と突っ込んでいた。

 ノンマルト側には、あくまで平和的に交渉する態度とらせるべきだった。1万年の怨念に凝り固まったノンマルトが、先制攻撃に出た時点でノンマルトの正論はその説得力を失ってしまった。そしてそのおかげで人類側は「平和的な解決」への道を閉ざされてしまい、後味を悪くしているのだ。これはストーリー上の失敗だと思う。

 そう言えば、昔、実相寺&佐々木コンビがATGで企画していたという映画「怪獣聖書」では、ウルトラマンが宇宙人に対して「もし人類が宇宙侵略をするようになったら、私はそれを阻止する為に戦おう」と言うシーンがあったという。

 これの流れなんだな。技術の進歩に対する疑念。反権力、反体制。地球防衛軍が弱かった頃はセブンに助けてもらう意味があったけど、外に進出できるくらい強い軍事力を持ってしまったら、必ずや侵略者になってしまうだろうという読み。

 ここまで考えると、最終章第1話に出てくるダンのセリフ

 「人類はまだ続けているのか・・・。血を吐きながら続ける悲しいマラソンを・・・」

 の重みが出てくる。

 地球防衛軍が地球外に侵略できるほどに強力になった未来。そこにはセブンが守るべき地球は無かったという事なのか?


【ウルトラセブン・EVOLUTION】
 平成ウルトラセブン・オリジナルシリーズ。その最後を飾る「エヴォリューション」5部作を観た。

 前の「最終章」6部作で「人類は大昔、地球を征服した侵略者だった」という事が明かになり、セブンは人類に味方した罪により小惑星みたいな所に幽閉されている。だからセブンが活躍する場面はなかなか出てこない。ストーリーは必然的に暗めで、観ていてあんまり楽しくない。

 あと、一応、敵としてペガッサ星人の生き残りとか、ゴドラ星人とか、新人類とかが登場するんだけど、その事件が解決したのかどうなのかよく分からないまま次に続いちゃうのがちょっとアレだった・・・。

 途中からセブンが復活して怪獣と戦ったりするんだけど、「最終章」の最後の辺りのように、誰が正義で誰が悪なのかスッキリせず、ウルトラ警備隊と地球防衛軍が対立して、撃ち合ったりする。

 侵略者に味方したという理由で幽閉されてしまうんだったら、それまでたくさん登場した侵略宇宙人はどうなのよ? どうしてセブンだけが罰せられなきゃいけないのよ? そもそも誰がセブンを裁いたのよ? などなど、根本的な疑問がどうしても残る。

 なお、この10月から深夜枠で新作「ウルトラセブンX」(全12話)というのが放送されるそうだが、「ウルトラマン・ネクサス」みたいな暗めの続き物になりそうだ。


【人間を信じる力】
 ゴジラに始まる日本の特撮映画では、核兵器への怒り、そしてそれを扱う人類に対する強い疑念が底流にあった。その流れはウルトラマンやウルトラセブン、その他の作品にも受け継がれていた。人間は強すぎる力を持ってはいけない。核兵器は人間の手に余る。

 が、その後、円谷特撮やウルトラシリーズを観て育った世代が製作する側になり作られた「ウルトラマン・ティガ」に始まる新世代のシリーズ(上記の平成ウルトラセブン以降)では、その基本思想が異なっていた。

 「ティガ」から「メビウス」に至るシリーズでは、人間を信じる姿勢が貫かれていた。「ダイナ」に登場したネオマキシマ。「メビウス」に登場したメテオールなどの超エネルギー。人間は、その気になればこの力を正しく使えるはずだ! 人間はウルトラマンにだってなれるんだ! という考え方が示されていた。

 それは、昔のシリーズを観てきた私にも最初は「それはちょっと違うんじゃないか?」と思わせたが、「ティガ」や「ダイナ」、そして「メビウス」の最終回を観てしまったら、完全にやられてしまった。鳥肌が立った。

 楽観的? いや、これは悲観した事実を忘れず、しかし前に進もうという姿勢だと思う。

 人間、いつまでも昨日と同じだと思うなよ。きっと進歩があるはずさ。・・・そう思わなきゃ未来は来ないじゃないか。・・・なぁ、そうだろう? ってね。

[2007/09/30]


戻る